DRUMMER JAPAN -ドラマージャパン

SINCE 2005 ドラマーのために

ドラマー対談 雷電湯澤 X 菊地”ANNIE”英二

約 3 分

2011年にDRUMMER JAPANで撮影したビッグネームな二人のドラマー対談。この動画も最高に面白いですよ!

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雷電湯澤

1985年、デビュー直前だった聖飢魔IIの三代目ドラマージャギ古川の脱退によるドラマーの欠員に伴い、聖飢魔IIに加入。ゼノン石川(現:石川俊介)とのリズムコンビネーションは抜群でモンスターリズムセクションと称され、ミサでは曲の合間にゼノンとソロアンサンブル「モンスター・リズム・バトル」を披露することもあった。1999年に解散するまでの14年間、ゾッド星島やゼノンと共に聖飢魔IIのリズムを支えた。

1991年、聖飢魔IIと並行してゼノン石川と怪人松崎様と共にフュージョンバンド「RX」を結成。その後活動休止するも、1999年の聖飢魔II解散を機に活動を再開、雷電湯澤と改名した。RXの再停止後は聖飢魔II時代の盟友であるルーク篁らと「CANTA」を結成、様々なセッションなどと同時に活動中である。

菊地英二
  • 東京都八王子市に生まれる。
  • 中学2年の時にハード・ロックに出会い、コージー・パウエルに憧れドラムを始める。
  • 1986年にKILLER MAYのドラマーとしてメジャーデビュー。
  • 1989年に解散し同年THE YELLOW MONKEYのドラマーとして活動を開始。
  • 1992年5月、日本コロムビア・TRIADレーベルよりデビュー。
  • 1995年には、5thアルバム『FOUR SEASONS』がオリコン・チャート1位を記録する。以降も、シングル「JAM」「LOVE LOVE SHOW」「BURN」「球根」や、アルバム「SICKS」「PUNCH DRANKARD」などの作品をリリース。高いセールスを記録する。ライヴ活動も精力的に行い、1998年から1999年にかけては、ホール72本、アリーナ41本、計113本のツアーを1年がかりで行い、延べ55万人を動員する。
  • 2001年1月8日東京ドームでのライヴを終えTHE YELLOW MONKEYは活動を休止。2004年解散。インディーズ盤を含め、10枚のアルバムと24枚のシングルをリリースした。
  • 2004年からは河村隆一、吉川晃司、Tamaなど様々なアーティストのレコーディングやライヴに参加するほか、和太鼓奏者のレナード衛藤氏や、ギタリスト足立‘YOU’祐二氏とのセッションワークなど、様々な活動を行う。
  • 2008年7月にはANCHANG(SEX MACHINEGUNS)、NATCHIN(ex.SIAM SHADE)とBIG BITESを結成。2013年までにMINI ALBUMやALBUMをリリースし、数多くの全国ツアーも行った。
  • 2016年1月 THE YELLOW MONKEYとして全国10箇所20公演にわたるアリーナツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」を発表。15年ぶりの再集結を果たす。

About The Author

ディープラス株式会社Director横井ジン
2002年ディープラス株式会社設立、2005年DRUMMER JAPANを設立。